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東京高等裁判所 平成12年(ネ)1104号 判決

控訴人兼被控訴人(原審原告)

学校法人群英学園

右代表者理事

中村有三

控訴人兼被控訴人(原審原告)

中村有三

右両名訴訟代理人弁護士

内田武

横田哲明

本木順也

被控訴人兼控訴人(原審被告)

松永昌之

久保田正行

右両名訴訟代理人弁護士

樋口和彦

主文

一  原判決中被控訴人兼控訴人(原審被告)ら各敗訴の部分をいずれも取り消す。

二  控訴人兼被控訴人(原審原告)らの各請求をいずれも棄却する。

三  控訴人兼被控訴人(原審原告)らの各控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は,一,二審を通じて,控訴人兼被控訴人(原審原告)らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人兼被控訴人(原審原告)(以下「原告」という。)らの各控訴の趣旨

1  原判決中原告ら各敗訴の部分をいずれも取り消す。

2  被控訴人兼控訴人(原審被告)(以下「被告」という。)らは,原告らに対し,読売新聞及び朝日新聞の各群馬版並びに上毛新聞の各社会面広告欄に,別紙〈略〉記載の内容の謝罪広告を,2段抜き,見出し及び名前1.5倍活字,本文1倍活字で,1回掲載せよ。

3  被告らは,連帯して,原告ら各自に対し,各900万円ずつ及びこれに対するいずれも平成10年2月12日から各支払済みに至るまで各年5分の割合による各金員を支払え。

二  被告らの各控訴の趣旨

主文一項及び二項と同旨

三  原告らの各本訴請求の趣旨

1  右原告らの控訴の趣旨2項と同旨

2  被告らは,連帯して,原告ら各自に対し,各1000万円ずつ及びこれに対するいずれも平成10年2月12日(本件訴状の各送達日の翌日)から各支払済みに至るまで各年5分の割合による各金員を支払え。

第二本件事案の概要と当事者双方の主張

本件は,原告学校法人群英学園(原告学園)の職員である被告らが,原告学園の理事長である原告中村らに対し,面談を強要した上,何らの根拠もないのに,同原告が原告学園の資金を不正に流用しているものとして,原告学園の理事を辞任するように迫って,脅迫,強要を行い,また,マスコミ各社の記者らに対して同様の事実を公言するなどして,原告学園及び原告中村の名誉を毀損したとして,原告らが,被告らに対し,謝罪広告及び慰謝料の支払を求めているという事件である。

本件に関する当事者双方の主張は,原判決がその「事実」欄の第2ないし第5の各項に摘示しているとおりであるから,右の事実摘示を引用する。ただし,原判決10頁7行目に「高進舘2号館,3号舘」とあるのを「原告学園の運営する予備校である高進館の2号館,3号館」に,同10行目に「振替伝票を起こすことを依頼したが,」とあるのを「A工営が右の改修工事を行ったこととしてその工事代金の振替伝票を起こすことを依頼したが,」に,それぞれ改める。

第三当裁判所の判断

一  本件に関する事実経過の概要等(原判決の説示の引用)

本件各当事者の地位,本件における事実経過の概要等は,原判決がその「理由」欄の第一及び第二の一の各項(原判決13頁6行目から同24頁10行目まで)に説示しているとおりであるから,右の理由説示を引用する。ただし,原判決17頁11行目に「原告中村らの退陣を要求目的で」とあるのを「原告中村らの退陣を要求する目的で」に,同19頁8行目に「平成9年7月8日から同月9日ころにかけて」とあるのを「平成9年7月8日及び同月11日,」に,それぞれ改める。

二  事実関係に関する補足認定

1  本件紛争の背景となる事実について

原告学園においては,かねてから,労使間の対立,理事者の間での対立等に起因する紛争が少なくなく,職員等の間にも,人事の在り方や処遇等の労働条件に関する不満があり,また,中村理事長による原告学園の運営をめぐって,公私混同ともみられる問題があるとする指摘も行われてきていた(〈証拠・人証略〉)。

これらの紛争の過程で,前記引用に係る原判決の説示にもあるように,平成5年には,群馬英数学館の館長の地位にあった中井が中心となって,原告学園の運営に関して中村理事長に多くの不正行為があるものとして,同理事長の退陣要求を行おうとする動きが起こり,同理事長による不正行為として具体的にいくつかの項目を掲げた上で,同理事長,中村茂事務長及び中村義寛副館長(当時)の退陣を求める旨の内容の決議書(原判決の別紙四の甲六の3の書面の記載内容は,この決議書の一部をなすものである。)を作成し,中井,被告久保田らが署名して,これを中村理事長宛に提出しようとするまでになったこともあった(〈証拠・人証略〉)。

2  平成9年7月7日の件について

(一) 被告らが席上で配付した文書の内容について

平成9年7月7日の群馬英数学館理事長室における原告らと被告らとの面談の席で被告らが配付した後に回収した文書は,甲六の1のとおりの内容の原判決別紙2の文書である本件文書1,甲六の2のとおりの内容の原判決別紙3の文書である本件文書2及び甲六の3のとおりの内容の文書である原判決別紙4の文書である本件文書3の3通の文書であったものと考えられる。

(人証略)の証言及び原告中村の尋問結果やその陳述(甲三)には,被告らが右の席上で配付した本件文書1に相当する文書の内容は,右の甲六の1の内容とは異なり,原告らにとってもっと辛辣な内容のものであったとする部分があるが,これを裏付けるに足りる証拠はなく,むしろ,被告久保田及び同松永の各尋問の結果に照らすと,右の席上で配付された文書の内容は,右の甲六の1の内容どおりのものであったことが認められるものというべきである。

なお,右の甲六の2のとおりの内容の文書である本件文書2については,その後の原告学園の被告らに対する解雇処分に至る手続の過程で原告学園に設置されている人事委員会に被告らから提出された右の文書に対応する文書である甲七中にある文書とは,その内容に一部異なる点があり(〈証拠略〉),これは,右の本件文書2が,平成9年7月7日の時点では未だ被告松永において作成途中の文書であり,その後右の人事委員会に提出する段階では,これに被告松永が加筆を加えたことによるものであることが認められる(被告松永の尋問の結果)。しかし,右の加筆後の甲七中の文書も,加筆前の右甲六の2の文書と,その趣旨,内容等に特段に変更が加えられているものでないことは明らかなものというべきである。

(二) 双方でのやり取りの内容等について

右の平成9年7月7日の群馬英数学館理事長室における原告らと被告らとの面談の席での双方のやり取りの内容等については,原告ら側の関係者は,被告らの側の言動が脅迫,強要を含むような激しいものであったとしている(〈証拠・人証略〉)。しかし,被告らの側では,その場でのやり取りについては,口頭のやり取りのみでは原告中村や中井から大声を出されるだけで話し合いにならないものと考えたことから,右の本件文書1ないし3を予め用意して,これを原告ら側の理事等に読ませることとしたものであって,その場では,原告側の関係者がこれらの文書に目を通している時間や相互に沈黙し合っている時間が多く,被告らの側から殊更に脅迫あるいは強要にわたるような発言をした事実はないものとしているところである(〈証拠・人証略〉)。原告らが被告らに対してその使用者側という優位な立場にあることや中井あるいは原告中村の原審法廷における証言や供述の態度等からしても,右の面談に臨むに当たっての被告らの右のような危惧には首肯できるところがあり,その場で,被告らの側に,殊更に脅迫あるいは強要にわたる言動があったとまですることには,疑問があるものというべきである。

もっとも,右の席で被告らの配付した本件文書1及び2に,前記引用に係る原判決の説示にあるとおり,被告らの要求が容れられない場合にはこれらの文書の内容を世間に公表するつもりであるとの記載があったことからして,被告らから原告らに対して,その場でそのような意向が伝えられたことが推認できるものというべきである。しかし,中井の証言や原告中村の尋問結果にあるように,被告らが,右の要求が容れられない場合には,原告中村らの不正経理問題等を直ちにマスコミ等に公表するとまでする趣旨の発言をしたとの事実については,被告らの側ではこれを否定する供述等をしており,他にこの事実を認めるに足りる的確な証拠もない(むしろ,被告らがこの事実をマスコミに対して公表したのは,それから約4か月も後の,しかも,原告学園が被告らに対して自宅待機の処分を行ったことから,被告らがその処分の無効確認を求める訴訟を提起した段階に至ってからのことであることは,後記のとおりである。)ことなどからして,この事実があったとすることには,なお疑問があるものというべきである。

3  高校組合,短大組合の役員らに対する説明内容等について

被告らが,平成9年7月8日及び同月11日に,高校組合及び短大組合を訪ねて両組合の役員らに対して行った被告らの原告中村らに対する退陣要求等の経過,状況等に関する説明内容がどのようなものであったかを直接明らかにすることのできる証拠は見当たらない。しかし,その後の右の組合の平成9年7月12日付けの要求書(〈証拠略〉)に「原告学園の不透明な金銭的な運営が明らかになった」といった記載があることからすれば,右の両組合の役員らに対する説明の機会に,被告らから,原告中村らによる原告学園の運営に関して,何らかの経理上の不正行為があったとの説明がされたことは,十分に推認できるところというべきである。

もっとも,右の説明が,被告らの勤務する原告学園の職員らとも密接な関係にある両組合の役員という,いわば被告らの内部関係者ともいうべき立場にある者に対して行われたにすぎないものであり,しかも,右の経理上の不正行為の内容等について,どの程度までに具体的な事実を摘示した説明が行われたかの点が不明であることなどからすれば,このような説明が,直ちに原告中村らに対する関係で名誉毀損の不法行為を構成するものとまですることは困難なものというべきである。

4  平成9年11月6日の記者会見における説明内容等について

(一) 原告中村に係る不正経理行為の存在の公表

被告らが,自宅待機処分無効確認請求の訴訟を前橋地方裁判所に提起した直後の平成9年11月6日に,群馬弁護士会館で記者会見を開き,訴訟代理人の弁護士らを通じて,マスコミ記者らに対し,右訴訟の訴状の写しを配布するとともに,証拠資料を提示しながら,右の訴えの内容等を説明したことは,前記引用に係る原判決の説示にあるとおりである。

しかも,右の説明の機会に提示された証拠資料というのは,前記の被告らの主張にあるA工営の高進館の改修工事が架空の工事であったことに伴う原告中村の不正経理問題に関係する資料であるA工営の請求書,原告学園の稟議書及び振替伝票等の書類(〈証拠略〉)であったことが認められる(〈証拠・人証略〉)から,被告らは,右の記者会見の席で,原告中村に係る右の不正経理問題を,具体的な事実を摘示することによって公表したこととなるものというべきである。

(二) 右の不正行為の公表行為による名誉毀損の成否

ところで,昭和59年11月の右のA工営による高進館の改修工事に関しては,A工営がこの工事を現に行っているものとする同社側の陳述書等の資料(〈証拠略〉)が提出されており,原告中村も,その尋問において,これが架空の工事ではないとの供述を行っている。

しかし,この高進館の改修工事は,美術大学の受験生のための美術コース用のアトリエ付きの教室の改修工事として,昭和59年度の生徒が入学してくる同年4月までの間に既にB工業の手によって行われていることが認められ(〈証拠略〉),A工営がその工事を同年秋に行ったとすることは,その時期は多数の生徒が授業を受けている時期であって工事を行うことが困難であることからしても不自然であり(〈証拠略〉),また,A工営が右の改修工事を行ったものとしてされた会計事務の処理手続については,本来なら必要とされる見積書等の書類が作成された形跡がなく,稟議書や伝票の作成手続等も正規の事務処理の方法とは違った方法で行われているなどの多くの不審な点があり(〈証拠略〉),当時の原告学園の理事で群馬英数学館の館長の地位にあった田代正行もこの改修工事代金のA工営に対する支払いは右田代にも無断で行われた不正な支出であったものと陳述しており(〈証拠略〉),さらに,A工営が実施したとする改修工事の内容(〈証拠略〉)にも,当時の建物の原状等と合致しないなどの不自然な点があることが認められ(〈証拠略〉),むしろ,これが,原告中村の用途に充てる資金を捻出するために行われた架空の工事であることを疑わせるような多くの資料等が存在していることが認められるのである(〈証拠・人証略〉)。これらの事実からするならば,被告らが右の記者会見の席で公表したA工営による高進館の工事に関して原告中村による経理上の不正行為があったとする事実については,真実右の工事が架空のものであったか否かはともかくとして,被告らにおいて,少なくとも,この工事が架空のものであって,この工事代金の支払に関して原告中村に不正行為があったものと信ずるについて,相当な根拠があったものというべきである。

そうすると,被告らによる右のような事実の公表は,前記認定のような事実経過からして,私立学校法に基づいて設立された学校法人として適正な会計事務の処理を義務づけられている原告学園の会計事務処理の適否という公共の利害に関する事実について,原告学園の運営の適正化を図るという公益目的から行われたものと考えることができるから,これは,原告中村らに対する名誉毀損行為として不法行為を構成するものではないものというべきことになる。

三  原告らの被告らに対する本訴各請求について

1  原告らの被告らに対する本訴各請求は,前記のとおり,被告らの平成9年7月7日の原告中村らに対する辞任要求行為が,違法な脅迫,強要行為に当たるとともに,原告らに対する名誉毀損行為をも構成するものとし,また,平成9年7月8日及び同月11日の高校組合,短大組合の役員らに対する右の7月7日の事件の経過の説明,さらには,平成9年11月6日の記者会見における説明が,いずれも原告らに対する名誉毀損行為に当たるものであるとして,慰謝料の支払と謝罪広告を求めるものである。このうち,右の高校組合,短大組合の役員らに対する説明及び右の記者会見における説明が,いずれも原告らに対する名誉毀損行為を構成するものとまで考えられないことは,前記の認定,判断のとおりである。

2  さらに,右の被告らの平成9年7月7日の原告中村らに対する辞任要求行為についてみると,その場で被告らの側に殊更に脅迫あるいは強要にわたる言動があったとまですることには疑問があり,また,被告らが,右の要求が容れられない場合には原告中村らの不正経理問題等を直ちにマスコミ等に公表するとまでする趣旨の発言をしたとすることに疑問があることも,前記のとおりである。

もっとも,右の席で被告らの配付した本件文書1及び2に,被告らの原告中村らに対する辞任要求が容れられない場合にはこれらの文書の内容を世間に公表するつもりであるとの記載があったことからして,被告らから原告らに対して,その場でそのような意向が伝えられたことが推認できることは前記のとおりである。しかし,原告学園においては,従前から原告中村によるその運営をめぐって紛争があり,理事者側の中井からさえも,原告中村には多くの不正行為があるものとしてその退陣を要求しようとするという動きが出たこともあること,さらに,少なくともA工営による高進館の工事に関する原告中村による不正経理問題については,被告らがこれを真実であるものと信ずるについて相当な根拠があったものと考えられることなどの前記認定のような各事実関係からすれば,この被告らの原告中村らに対する辞任要求行為が違法な脅迫,強要行為として不法行為を構成するものとまですることには,なお疑問があるものとせざるを得ない。また,この席でのやり取りが,原告中村を含む原告学園の理事者側のメンバー4名と被告らという限られた者の間で,しかも他とは独立した室内において行われたものと考えられることからすると,これが原告らに対する名誉毀損行為を構成するとすることも困難なものとせざるを得ない。

第四結論

以上によれば,原告らの本訴各請求はいずれも理由がないものというべきであるから,これを一部認容した原判決を取り消し,原告らの各請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 合田かつ子 裁判官 宇田川基)

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